情報のレストラン

ウェブ業界では、
インフォメーション・アーキテクチャーという
メタファーがよく使われる。
メタファーとして利用するのは、
そこに概念としての理想形があるから
ということになるのだろう。
しかし、果たして建築自体は
情報デザインをきちんと構築できているだろうか
と考えると、現状はかなり疑わしいように思える。

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ウェブ業界では、インフォメーション・アーキテクチャーというメタファーがよく使われる。メタファーとして利用するのは、そこに概念としての理想形があるからということになるのだろう。しかし、果たして建築自体は情報デザインをきちんと構築できているだろうかと考えると、現状はかなり疑わしいように思える。

仕事であるか趣味であるかに関わらず、何か専門とする分野を持って生きるとすれば、その分野に関するある程度の量の本や雑誌といった資料を持つことになる。そうした本は、はやりの小説のように一度読んでしまえば不要になるというわけではない。常に手元において、繰り返し参照することになる。単に収蔵して持っているというだけでは十分ではなく、これらを利用し、ともに生きる環境が必要になる。

ところが、「何かを考えながら生きる」ということを想定している建築物を、ほとんど見たことがない。マンションや建売住宅、ちょっとおしゃれに見えるデザイナーズマンションなどというものも、そこに住む人は何を考え、何を感じて生きるのだろうかと疑問に思ってしまうものばかりだ。

そういう意味では、図書館ですら合格点はあげられない。多くの図書館は本を収蔵し、せいぜいそれを閲覧することくらいしか考えられていない。閉架式の図書館なんて、ただの倉庫だ。図書館は、本と触れ合うことによって様々な考えや想いが生じる場所であるべきだ。

レストランが単に栄養を体内に吸収するだけの場所ではなく、味を楽しみ、食事という行為を楽しむところであるように、本来の図書館は、知識を吸収するだけの場所ではなく、そのなかで考えたり、知識を得るという行為自体を楽しむ場所であるべきだろう。『海辺のカフカ』の図書館のように。

建築というものが扱うべきなのは、物体としての「ヒト」ではなく、「考え、感じながら生きている人のありかたそのもの」なのだと思う。ところが、現状はせいぜい「おしゃれな感じ」というレベルでしか考えられていないことが多いような気がする。

インフォメーション・アーキテクチャーなどというメタファーをありがたがっているウェブ業界も同じようなものだ。情報を整理し、目的の情報に迅速に到達できるようにする。その重要性は否定はしない。しかし、それは「閉架式の図書館」レベルだ。本当に目指すべきは「情報のレストラン」なのではないか。情報を受け渡すだけの存在ではなく、そこで考え、新たな発想を生み出すための情報空間、情報を得ること自体を楽しめるような情報空間、そういったものを目指すべきだと思う。

実は、本当に優れた本は、その一冊のなかにすでにこうした情報空間を持っている。果たして、ウェブにそれは可能なのだろうか。


2002.12.31

April 1, 2005 06:27 AM

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